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三島クリニック透析室ニュース
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第38号   平成22年1月20日発行

    開院30周年を迎えて


       
理事長 溝渕 正行

「初日の出」
平成22年1月1日
 
 新年明けましておめでとうございます。皆様にとりまして平成22年(2010年)のお正月はいかがだったでしょうか。皆様方それぞれに、御家庭においてまた御自身の健康管理の上で新たな気持ちで抱負や決意を持たれたことと御推察申し上げます。
三島クリニックにとりましては、今年は開院30周年という大きな節目となる年であります。少し大げさな言い方になりますが、私には三島クリニック透析室の歴史はそのまま日本の透析医療の歴史であるとでもいえるような気がしてなりません(厳密には約10年あまりの遅れはありますが…)。
 ここで少し日本の透析療法の歴史を振り返ってみますと、昭和40年(1965年)頃より国産のコイル型ダイアライザーが作られ始め、昭和42年(1967年)11月頃より透析療法に健康保険が使えるようになり急速に透析療法が普及しはじめました。その後の40年あまりで透析膜や透析装置あるいは透析液清浄化技術などが飛躍的な発展をとげてきたのです。その一部始終をみてきた私にとっては、今非常に感慨深いものがあります。
 宇摩地区の透析療法の歴史を振り返ってみますと、県議会で「宇摩地区に透析施設がないため透析患者さんが遠隔地に通っている。」ということが議題になり、昭和53年に県立三島病院(当時県立伊予三島病院)に透析室が開設され私が初代の透析室長に命ぜられたのでした。私はその後都合により昭和55年(1980年)に現在地に三島クリニックを開設し、同時に透析室もオープンしたのであります。その後透析設備の改善、透析室の改築と増築、移転を繰り返して現在に至り、県内でも有数の新しい技術と設備を有する医療施設となることができました。振り返ってみますとまさに私にとってはあっという間の30年間でございました。
 ところで昨年はわが国では政権交代があり、長年政権を担当してきた自民党に代わり民主党が政権を担当することとなったわけでありますが、国民全体にとって非常に大切なこれからの日本の医療は果たしてどうなってゆくのでしょうか、心配でなりません。日本の医療の現実をみますのに、日本の医療、特に地方の医療は完全に破壊され、まさに重大な危機に瀕しているのではないでしょうか。すなわち、平成16年以降政策の失敗による国家経済の破綻のつけを医療費等、福祉費用の高騰によるものなどと責任を転嫁して医師数削減や著しい医療費の抑制(毎年2,200億円の社会保障費削減)を国民に押しつけてきたのです。その上75歳以上を後期高齢者などと命名して国家の邪魔者扱いにしてしまいました。民主党には、この医療危機を乗り越え世界の中でも優秀な日本の医療(医療技術と医療制度)を取り戻してほしいと切に希望するところであります。
 30周年を迎える正月にあたりまして、スタッフ全員とともに研鑽を重ねて、自分達のおかれた責任を自覚しもっともっと上のランクの施設づくりをめざして頑張ってゆく所存でございます。どうか皆様方の御協力をよろしくお願い申し上げます。


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